第2章 捕らわれのスパイ
バタァーーーーーン・・・・・・・・・・ 遠くでドアの閉められた音して、それまでじっと息を潜めていた空気がかすかに振動した。
ハッと麗亜は我に返った。
まだ頭がボンヤリと霞んでいる。
(いったい何が・・・・・そうだ。電気ショックを受けて倒れたところを数人の男たちに押さえ込まれ・・・・・そのあと・・・・・腕に注射の
ようなものを打たれたんだった。あれは・・・・そう、きっと麻酔だったに違いない。それ以降の記憶がまるで残っていない。)

麗亜は懸命に状況を把握しようと記憶を手繰り寄せた。
カッカッカッカッ・・・・その時、こちらに近づいてくる複数の足音が聞こえてきた。
(で、ここは・・・・・?牢屋?) 霞む目であたりを見回すとそこは周囲をコンクリートの壁で覆われた小部屋で、唯一壁のない部分
には頑丈そうな鉄格子がはめられている。
まだ片腕は注射の痕がチクチク疼く。 その腕は後ろ手にロープかなにかで縛られているようだ。
カッカッカッカッ・・・・さらに足音が大きくなってくるにつれ、麗亜の胸の鼓動が高鳴る。
(いったい私はどうなるの? 博士の救出を図ったことで、特殊工作員であることは既に隠しようがない。ということは・・・・・
処刑される?イヤ、その前に拷問されるに違いない!!)

これまで多くの作戦に参加してきた麗亜は、一度たりとも敵の手に降ったことはなかった。それだけに、捕らわれの身という初めて
の経験に先の展開が読めず、まず恐怖心が彼女の心臓をひねり潰さんばかりに圧迫した。
捕らえられたスパイがどんな目に遭わされるか。それをスパイ訓練でいやというほど教え込まれていたからだ。
ガシャッ!と牢の入口に立った武装した男たちが鉄格子の鍵を開けた。
男たちは牢内に入り込むと麗亜に銃口を向け、「さあ、おとなしく来るんだ!」と命令した。
抵抗は無駄だとわかっていた麗亜は壁に寄りかかりながらゆっくり立ち上がったが、足元はまだフラフラしていた。

麗亜が連行された先は、先ほどの牢屋と同様陰湿なコンクリートの壁に覆われた少し広めの部屋だった。
ガツン! 部屋の入り口に立った麗亜を背後から銃尻の一撃が襲い、麗亜は部屋の中央まで突き飛ばされて倒れた。
部屋で麗亜の到着を待っていたのは、あの時博士に扮していた小柄な男であった。
「ようこそ、スパイさん。麻酔が切れるのを一晩中待たされたぜ。」 小男は待ちくたびれたように言うとゆっくり椅子から立ち上がった。
「そろそろ頭もスッキリしてきた頃だろうから、いろいろと質問させてもらおうか。痛い目に遭いたくなかったら素直に答えることだ。」

その言葉を合図に、男たちは麗亜の腕のロープを解くと、代わりに鉄の手枷を取り付けようとした。
その一瞬のスキに麗亜は男たちの手をすり抜け、部屋の片隅に逃れようとダッと一歩踏み出した。
しかし麻酔の痺れは未だ完全に抜け切っておらず、足元からドッと崩れ落ちる。
そこを再び男たちに取り押さえられ、強引に手枷をはめられてしまった。
少々油断した男たちは、より慎重を期して素早く手枷にチェーンをつなぐと、ガラガラガラ・・・とチェーンを力いっぱい引き上げた。
抵抗するゆとりもなく麗亜は、両手を上に開いたまま天井から吊り下げられる格好になり、同時に両足までも足枷で鎖につながれ
てしまった。

「無意味な抵抗は体力の無駄遣いだぜ。お嬢さん。」 小男は大の字に手足を広げた麗亜の全身を嘗め回すような目つきで言った。
こうなってはもはや逃げるどころか、敵の攻撃をまったくの無防備で受け止めるしかない。麗亜の緊張は極限に近づきつつあった。
「あなた、ノーバディギルね!博士はいったいどこなの?!」 麗亜は恐怖心を必死に隠そうとあえて強気な態度を示した。

「おやおや、逆にそっちから質問されちまったな。あははははははは、いかにも俺はノーバディギル。ブラッディーギルド東欧支部
の司令官さ。もうおまえは生きてここから出られない。だから教えてやろう。ダウシェンはこのアジトにいるぜ。だがあのじじいめ、
思った以上に頑固なヤツで、我々に協力の姿勢を見せようとしない。」
麗亜はそれを聞いて少し安心した。
ICTOの本部を出発する前、ジョーンズ大佐から言われた一言がずっと気になっていたからだ。
「麗亜。言っておくが、ダウシェン博士には気をつけろ。彼は証拠こそないがかつてナチスに協力した嫌疑が未だ払拭されてない。
だからドイツの学会では危険人物として相手にされず、彼は学会に大いに不満を持っている。彼の才能を高く買う者がいたら、
それがテロリストでももしかしたら心を動かすかもしれない。そのためにも、博士の気が変わらないうちに身柄を保護するんだ。
時間はないぞ!」 それがジョーンズ大佐の警告だった。

「さてと。俺は自己紹介をしたぜ。次はおまえの番だ。どこの回し者なんだ? ICPO、それともCIA?あるいはICTOか?」
麗亜は一切答えまいと口元をギュッとつぐんだ。
「黙秘か、まぁいいだろう。簡単にベラベラ喋られたんじゃ、こっちもお楽しみってもんがなくなっちまうからな。」
ノーバディギルはニタニタ笑ながら傍らに待機していた男から大きなハサミを受け取ると、麗亜の前に立ちそのハサミをシャキ
シャキ鳴らしながら麗亜の顔に近づけた。
「うぅっ・・・」麗亜は体をこわばらせた。
ノーバディギルはそんな麗亜の反応を一通り楽しむと、いきなりレザースーツの胸元をグイッと摑みあげハサミでジョキジョキと
切り始めた。
麗亜は乳房を切られる痛みに備えて目を硬くつぶったがそれはなく、代わりに切り取られたスーツの左右の穴からそれまで圧迫
されていた豊満な両方の乳房が勢いよくプルンとはじけるように飛び出した。

敵の前に剥き出しの乳房を晒す屈辱に麗亜は顔をしかめた。
「ほほぉ、いいオッパイしてるじゃねえか。こいつは責め甲斐がありそうだな。イヒヒヒヒヒ・・・・」ノーバディギルの下卑た笑い声が
部屋中に響いた。
そんな状況にありながらも麗亜は密かに考えていた。集合場所で見張りを倒した後、何故か姿を消したステラのことを。もし彼女が
今でもこのアジトのどこかに身を潜めているなら、きっと救出されるチャンスはあるはずだ。それまでは何としても頑張り抜こう と。
ノーバディギルが言葉を続ける。
「近頃、あちこちのアジトでタチの悪いネズミがウロチョロし始めているようだ。我々の極秘計画を先に進めるには、まずネズミ退治
をせねばならない。わかるか? で、おまえにはそいつらの潜入先と名前を教えてもらいたい。」
「ふん、言うわけないじゃない!脅したって無駄よ!」 麗亜は気丈に言い返した。
「まったく、博士もおまえも・・・人間もっと素直にならないとな。」 ノーバディギルはそう言うと部下たちに向かって「あれを!」と
指図した。
そして麗亜の方に向きなおり、「質問を続ける前に、おまえに見せたいものがある。すぐに前言撤回にならなきゃいいがな。」
その時前方のコンクリートの壁がゴロゴロと鈍い音を立てて左右に開き、奥の部屋が姿を現した。
部屋の中は暗くてよく見えなかったが、その部屋から男たちが二人がかりで大きな金属製の椅子を押し出してくるのがわかった。

背を向けて押し出されてきた椅子が吊るされている麗亜の前でピタッと停止した。
麗亜は嫌な予感に襲われた。
男の一人が脇のレバーを下げると、椅子はグルッと台座の上で半回転した。
椅子の正面が麗亜の目の前で止まった時、麗亜は思わずハッと息を飲み込んだ。
その椅子の上には手・足・胴をベルトでしっかり拘束され、ぐったりと正体なく崩れかかった一人の若い女性の姿があった。
ボロボロに切り裂かれた衣服から露出した肌は数え切れないほどの痣と傷に埋め尽くされ、苦悶と恐怖に引きつった顔までも
惨たらしい傷で覆われていたが、麗亜にはそれがステラだということがすぐにわかった。

知的で勇敢で美しいステラ。だが今はそんな面影は微塵も残っていない。
ノーバディギルは床にペッと唾を吐いてそれを踏みにじると、「薄汚いネズミ野郎さ。それにしても強情な女だったぜ。俺たちの拷問
にもとうとう最期まで口を割らなかったからな。」 と動かなくなったステラの髪を摑みながら言った。
そして麗亜に向かって、「どうだ、仲間の変わり果てた姿を見る気分は?こんな無様な死に方をしたくなかったら、さっさと白状する
ことだ。」と試すような目つきで尋ねた。
「し、知らないわ、こんな女。」 麗亜は押し寄せる恐怖と怒りをグッと抑え込んで言った。

※この物語はすべてフィクションであり、登場人物および団体は実在しないものであります。