第9幕 永遠の美のエキス



兵士はズガーレに命じられるまま四つ目の錘を取り付けた。錘の重量は40Kgに及ぶ。
刺つきの鎖が千切れんばかりに伸び、アレシアの体内に目いっぱい食い込みながら肉を抉る。
グァアアァァアァァアァァアァァァアァーーーーーー!!!!
   

獣のような絶叫をあげて一度前後に体を大きく揺さぶったアレシアは、次の瞬間前のめりになってそのまま意識を失った。
絶え間ない絶叫が途絶えた拷問部屋は、一気に異様な静寂に包まれた。
すべての動きが停止した部屋で、アレシアの股間から流れ落ちる夥しい血だけが、ぐんぐんと床に大きな池を広げていった。
「いったいなんてしぶとい女なんだ!まさか本当に軍神アレスの力が宿っているというのか?!バカな!」
ズガーレは吐き捨てるように言ったものの、アレシアの人間離れした忍耐力に恐怖すら覚えはじめていた。
     
「おそらくこの女はどんなに責めても決して口を割ることはなさそうね。かくなる上は手段を変えるしかないわ。」
ズガーレはそう呟くと、サッと後ろを振り向き足早に部屋を出て行った。


あ、あぁぁ・・・、うくっうぅぅぅ・・・・ 呻き声とジャラジャラ鳴る鎖の音にアレシアが正気を取り戻したのはしばらく後のことであった。
あの恐ろしい鉄の錘と刺つきの鎖は既に取り外されていたが、切り裂かれた股間の激しい痛みは今もアレシアを責め続けていた。
朦朧とする意識の中でアレシアの目に映ったものは、あまりに無残な体となったメーティス、セルケト、シータの3人の姿であった。
3人は手を鎖でつながれたまま床に座らされていたが、もはや体力は限界を越え、体を支えるのもやっとの状態であった。
 
そしてその傍らには残忍な皇后ズガーレとともに憎き国王ギガリアー、そして裏切り者のペイトーネの姿もあった。
「き、きさまらーーっ!いったい、彼女たちに何をしたんだ!!!」アレシアは3人の変わり果てた姿に驚き、一辺に正気に戻り叫んだ。
ギガリアーが一歩前に進み出て息巻くアレシアに言った。
「主君も主君なら家臣も家臣だ。よりによって強情揃いときたものだ。アマネニアの精神がこれほどまでに強力とは恐れ入ったぞ。
だが、どんな手を使っても美のエキスと財宝の秘密は吐いてもらわねばならん。それがアマネニア攻略の最大の目的だからな。」
「な、なにぃ!そのような目的で平和なアマネニアを滅亡させたと言うのか!そのような目的のために罪もない大勢の人間の命を
奪ったと言うのか!!」アレシアの怒りは一層燃え上がり、拘束を解こうとあらん限りの力でもがいたが、手足の拘束はますます
きつくなるばかりだった。
              

「悪いと申すか?永遠の美と富はすべての人間の欲するところだ。これほど明快な大義名分はなかろう。あははははははは・・・」
すると今度はズガーレがアレシアの前に進み出て言った。
「亡国の女王アレシアよ。おまえは私の拷問に耐え抜いたが、まだ勝ったと思うのは早いわ。次の責めに果たして耐えられるかしら?」
「何度も言ったとおりよ!どんなに責められても、おまえらなどに屈しはしない!」アレシアが気丈に言い返す。
ズガーレが拷問官に合図を送る。拷問官が木の軸棒を操作すると鎖につながれた3人の横にある大きな滑車がゆっくり動き始めた。
「今度の拷問はこれまでのとはまったく違うわ。せいぜい楽しむがいい。」
        
滑車の回転につれて鎖が巻き上げられると、メーティスたち3人から
「あ、あぁぁぁ!!」と声が上がった。
なんと滑車の回転は3人の手につながれた鎖に連動していたのである。
鎖が巻き上げられるほど、3人の手の鎖は横一直線にビィーンと張りつめ、3人はいやでも立ち上がらざるをえなくなってしまった。
アレシアはこの異様な光景をただ見つめるしか為す術がなかった。
  
3人の腕が鎖の引きによって左右に大きく伸ばされる。
ガラガラガラガラガラ・・・・・・滑車の回転はますます勢いを増してくる。
ウワァッ、キャァ!! 最初に声を発したのは右端につながれたシータであった。
ウワァァァァァァァァァァァァーーーーッ!!!続いてセルケトの叫びが響いた。
 

「このまま鎖を引き続けるとどうなるか、わかるだろう。」ギガリアーが意地悪そうな目つきでアレシアに言う。
3人のまっすぐ横に伸びた腕がギリギリとたてる音に、アレシアは居ても立ってもいられなくなり、再び拘束を解こうともがいた。
「あははは・・・・この面白いゲームにおまえも賭けてみぬか?どいつの腕が最初に引き千切られるか。それを当てるのじゃ。」
「メーティス! セルケト! シータ!! く、くそぉーーーー!!」
その声にメーティスが叫ぶ。「女王!ご心配いりません!我々はどんな時でも女王の味方!たとえ殺されても悔いはありません!」
   
ギ、ギャアァァァァァァァァァァーーーー!!! ますます鎖は3人の腕を引き伸ばす。鉄の手枷から血が滴り落ちる。
「も、もうやめて!やめろーーーっ!!!」アレシアは苦しむ3人を見かねて思わず叫んだ。
「おほほほほ・・・やはり思った通りね。自分の体の痛みは耐えられても、同胞の苦痛には耐えられない。女王としてはまだ未熟ね。」
「じょ、女王・・・・我々には・・・・構わないで・・・・ください・・・・」 セルケトが苦痛に呻きながら訴えた。
拷問官は無感情でひたすら滑車を回し続ける。 
グキッ、グキッ!!ギャァァァァアァァ!!!3人の絶叫に交って脱臼する音が幾度も響き渡る。
  
「わ、わかった・・・・・私の・・・・私の負けだ!」 この卑劣極まりない拷問に、アレシアはついに屈した。
              
「おい、滑車を停めろ!」 アレシアの陥落にギガリアーは鬼の首をとったように喜んで言った。
伸び切った鎖が一気に弛むと、メーティスら3人はその場に崩れるように倒れ込んだ。
「さあ、約束よ。永遠の美のエキスの秘密を教えるのよ!」 ズガーレが待ち切れないといった様子でアレシアに問いかける。
「・・・・・・・永遠の美のエキスの素は・・・・・・」 アレシアは重い口調で秘伝の内容を明かしはじめたが、その顔は苦渋に満ちていた。

アマネニア王家に代々伝わる永遠の美のエキスには、アマネニア王宮の地下に涌く聖なる泉の水と、神々の山デュロスの山頂に
だけ生える神木の樹液が必要であった。
 
ギガリアーはザーニガン一足の速い馬を用意させ、大至急取り寄せるよう使者を派遣したが、その使者が戻ってきたのは夜がすっかり
更けてからであった。
広間には依然拘束されたままのアレシアと鎖につながれたままの3人が残されていた。
使者の帰還を知り広間に戻ってきたギガリアー一行は、中央に大きな水甕を用意させ、アレシアの拘束を解くとエキスの製造を命じた。
「エキスを作る前に、あの3人の鎖を解いて!」とアレシアはギガリアーに求めたが、「だめよ!おまえの言うことが真実かどうか確かめ
てからでないと!」とズガーレが横から拒絶した。
仕方なくアレシアは黙々とエキスの調合を始めた。 床に伏したメーティスたちの虚ろな眼差しはアレシアの動作をじっと追っていた。
 
凄惨な拷問で阿鼻叫喚に埋め尽くされた広間は、今や誰もが皆アレシアの作業に注視し、ただ淡々と静寂の時が流れていた。
「最後にアマネニア王族の血を混ぜてエキスは完成する。」 アレシアはそう言うと自ら指先を噛み切って、血を一滴甕の中に垂らした。
その瞬間、甕の中の液体は不思議な光を放ったように思えた。
ズガーレはその神秘の液体を柄杓で一掬いするとアレシアの口元に持って行った。
「これが毒でないか、まずおまえが一口試してみるのよ。」
柄杓を無理矢理口に当てられ、ゴクリと一飲みしたしたアレシアの様子をしばらく見つめていたズガーレはその安全を確証した。
ズガーレはわくわくしながら柄杓でエキスをたっぷりと汲み取ると「ああ、ついに念願のエキスが手に入った!永遠の美は私のもの
だーーー!」と大声で唱えて一気にエキスを飲み干した。
               

ギガリアーもペイトーネも、そしてアレシア、メーティスたちも、また周囲の兵士たちまでも、全員がズガーレに視線を注いだ。
「ああ、顔が火照る・・・・・」そう叫んだズガーレの顔は見る見る皺がなくなり、頬も額もそして首も手も、肌という肌に潤いと張りが蘇って
きた。「あぁぁぁぁぁ・・・・」 ズガーレは鏡を取り寄せ、確かに自分の体に変化が起きていることを実感して歓声をあげた。
その声までもが若々しいものに変わっていく。
   
「おお!愛しのズガーレ!」 ギガリアーも老いた妻が目の前で急激に若返っていく様を見て驚きの声をあげた。
そして兵士たちに向って「美のエキスは手に収めた。次は財宝の在り処を吐かせてやる!拷問の準備をしろ!」と命じた。
「そ、そんな!約束が違うぞ!!」アレシアは驚いて叫んだが、兵士たちはメーティスらに槍を突きつけ取り囲んだ。
その時だった。 ギ、ギャアァァアアァァァアーーーーッ!!! 凄まじい声が広間中に響き渡る。声の主はズガーレだった。
「か、顔が、顔が焼ける!!!!!」 ズガーレの一旦美しく若返った顔は真っ赤に変色し、すごい熱を発しているようであった。
これにはギガリアーや兵士たちも驚き、ズガーレの周囲に駆けつけた。
「熱い、熱いーーーっ!!」ズガーレは顔面を両手で覆いながらなおも苦痛に叫び声を上げ、広間中をのた打ち回った。
  
「ズガーレ!いったい何ごとじゃ!!しっかりしろ!」ギガリアーはどうすることもできず、慌てふためき叫ぶしかなかった。
広間中が混乱に陥った中へ、突然一塵の風が吹き込んできたかと思うと、一人の黒頭巾の戦士が現れ、あっという間にアレシアや
メーティスたちの拘束を剣で断ち切った。
            
「もしや、ベローナ?ベローナか!?」アレシアは黒頭巾の戦士の正体に気づき叫んだ。
「女王!遅くなって申し訳ありません!私はきっとこの状況が訪れると予見し、王城陥落の時身を隠し、千載一遇の機会を窺い続けて
いたのです。女王や隊長たちの危機を救うには、これしかありませんでした。」ベローナは頭巾を脱ぎ取るとアレシアに謝罪した。
「ベローナ、何を言う!もしおまえまで一緒に捕虜になっていたら、我々の命はなかった。おまえの機転のおかげだ。」アレシアは
うなだれるベローナの肩に手を置くと優しく礼を言った。
               

ベローナの突然の出現に、広間はますます混乱の度を増し、兵士たちは慌てて槍や剣を手に襲いかかって来たが、ベローナの剣の
前では敵ではなく、次々に斬り倒されていった。
その間にアレシアは水甕のエキスを柄杓で掬い取り、メーティスたちに順番に飲ませると自分も最後に口にした。
 

見る見る拷問で無残に傷つけられたアレシアたちの体の傷は癒えて行き、体力・気力も溢れんばかりに漲ってきた。
「アレシア様、いったいズガーレには何が起きたのでしょう?」 シータがエキスの秘力に驚きながらアレシアに尋ねた。
「よくはわからないが・・・・このエキスは外見の若さや美しさだけでなく、体の内面からも体力を強化する効能が隠されている。つまり
心身ともに健全であることが絶対条件なのだ。おそらくズガーレはこのエキスを受け入れるにはあまりに心が汚れており、バランスを
失ったために、恐ろしい結果になってしまったのだろう。」
そこへ怒りに燃えたギガリアーが兵士の剣を奪い取り突進してきた。
「おのれーーーー!!アレシア!よくも騙しおったなーーーっ!」 猛スピードで振り下ろされる剣をアレシアは軽くかわすと、反対に
ギガリアーを拳でぶちのめした。
           

そして、すかさず水甕を持ち上げると、ギガリアーとその傍らで恐怖に座り込むペイトーネに勢いよくエキスをザザーッと浴びせた。
「ギ、ギャアアァァァァアアァァァーーーーッ!!!あぁ、熱い!か、からだが焼けるーーーっ!!」 叫ぶギガリアーたちを横目に、
「さあ、帰るぞ!アマネニアに!」 アレシアが号令をかける。これに一同も「オーーーッ!」と呼応した。



衣服、武器、食糧、馬を奪い、地獄のザーニガン王城を脱出したアレシアら5人は、山の向うの故郷アマネニアをめざして出発した。
今は亡きアマネニア。かつての栄光を取り戻すまでにはまだ前途多難である。しかしいつの日か必ず再建してみせる。
言葉には出さなくとも5人の胸の内はみな同じであった。
 



※この物語はすべてフィクションであり、登場人物および団体、地域、国家は実在しないものであります。

 

 

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